朝日新聞夕刊一面に、老化研究の流れが加速しているとした「抗老化」「健康寿命」に関する記事が掲載されました。
- 2021年1月7日
- 2023年7月24日
2020 / 01 / 07
不老 あくなき探求
研究組織次々「もはやSFではない」
「老化」そのものをターゲットにして、病気の予防や治療法が開発できないか―。年をとると体内で起こる現象を解明して、健康寿命を延ばす薬や栄養食品の開発をめざす新たな老化研究の流れが加速している。研究組織立ち上げや治療法開発の発表も相次ぐ。
「抗老化法の開発や健康寿命を延ばすことはもはやSFではなく、実現可能な目標だ」
プロダクティブ・エイジング研究機構(IRPA)代表理事の鍋島陽一・京都大名誉教授はこう話す。IRPAは米国の私立研究所をモデルに、老化や寿命をコントロールするしくみを理解し、抗老化法の開発をめざす組織。今年、本格的な活動を始めた。
がん、心臓病、糖尿病、アルツハイマー病…。こうした病気になるリスクを高める最大の要因は、年をとることだ。高齢になれば体の働きが衰える「老化」により、病気が増えてもしかたがないと考えられがちだ。
だが、老化そのものを抑えられれば、多くの病気になるリスクをまとめて下げられる。その可能性を探る研究が急速に進んできた。
たとえば、IRPAの理事の一人、米ワシントン大の今井真一郎教授は、高齢でなりやすい血糖値の上昇や骨密度の低下を抑える物質を、動物実験で見つけている。「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」という物質だ。もともと体内にあるが、年をとると減ってくる。補うことでヒトで効果があるか研究が進められている。IRPAでも、NMN関連の研究を行うという。
IRPAは、神戸市のポートアイランドに拠点を置き、企業と共同で、薬や科学的根拠のある栄養食品などの開発を進めていく。海外の研究者に助言してもらう体制も作った。
大阪大発ベンチャー企業「AutoPhagyGO(オートファジーゴー)」は、大学の研究成果を健康寿命を延ばすことに役立てようと昨年、設立された。オートファジーは、細胞内の新陳代謝を促し有害物質を除く仕組みだ。東京工業大の大隅良典栄誉教授はオートファジーの研究で2016年にノーベル医学生理学賞を受賞した。
技術顧問の吉森保・大阪大栄誉教授によると、オートファジーの働きは、年をとると弱まる。オートファジーを活性化し、老化や老化関連の病気の予防や改善につなげることをめざす。
「老化細胞」注目 予防・治療探る
なぜ、年をとるにつれて体が衰えるのか。細胞の中でエネルギーを作り出す「ミトコンドリア」の働きが落ちることなどが報告されているが、年をとるとともに体にたまる「老化細胞」にも注目が集まる。
老化細胞は、細胞の中にあるDNAが傷つくことなどにより、分裂を止めた細胞だ。年をとると、この老化細胞が増えることが報告されてきた。さらに老化細胞は、細胞のまわりに炎症を起こす物質を出し、動脈硬化やがんなどにかかわることがわかってきた。
そこで、老化細胞を薬で除けば、病気の予防や治療につながるのではないか、と考えられている。米国では「セノリティクス」と名付けられた薬を使い、ヒトで効果や安全性を調べる研究も始まっている。
大阪大の原英二教授らのグループは、脂肪が多いえさで太らせたマウスの肝臓では老化細胞が増え、肝臓がんになりやすいことを見つけた。そこで、製薬会社と共同研究で、老化細胞をとりのぞく物質を5年がかりで探しだした。肝臓がんになりやすいマウスにこの物質を使うと、老化細胞が減り、がんになりにくくなることを突き止めた。
がん細胞を移植したマウスに抗がん剤を使った後、原さんらが見つけた物質を使うと、抗がん剤の効果を高めることもわかった。
原さんは「老化細胞を選択的に死滅させる薬を開発できれば、加齢に伴う病気を抑え、健康寿命を延ばすことにつながるのではないか」と研究を進めている。
国立長寿医療研究センターの杉本昌隆室長らは、肺の老化細胞を除くと、呼吸機能が改善することを16年にマウスの実験で確認した。ただ老化細胞が、体の中で果たしている役割は解明途上で、取り除くことで悪影響はないのか、さらなる研究が必要だという。
国の科学技術政策に関する調査をしている「科学技術振興機構研究開発戦略センター」
の報告書によると、老化を遅らせ寿命を延ばす薬として、セノリティクスやNMNのほか、臓器移植などで使われる免疫抑制剤の一種「ラパマイシン」、糖尿病治療薬の一種「メトホルミン」などの研究が進んでいる。
日本の高齢化は急速に進み、65歳以上が人口に占める高齢化率は29%、2040年には35%になると予測される。鍋島さんは「長寿大国で高齢者の医療費の増加が課題となる日本こそ、老化研究を進めることが重要だ」と語る。(瀬川茂子)
総務省統計局資料:
高齢者人口及び割合の推移(1950年~2040年)掲載
https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics126.pdf